すてぃほーむで振り返りぃ

小さい頃から2人はセットでした。

小さい頃って小さいだけで可愛い(*´˘`)笑


最近ね、沢山の人と出会って、お話して、気づくことがあったんです。


書き始めで、最初にゆっておきます。冷たく聞こえるかもしれないけど…


私はユイの姉です。

ユイは私の妹です。

私はユイの母ではないです。

ユイは私の子どもでもないです。


お互い、きょうだいの中の1人とゆう立ち位置。


なので私は、ユイに心からの愛情をもったことはありません。


そして、セットである責任はないって気づいたから自分の時間を大事にしてみようと思って、自立しました‼(*´꒳`*ノノ゙✧パチパチ


子離れみたいな?妹離れ。

責任感ってゆう共依存?

それに親しいものがあったかもしれない。


なので程よーい、きょうだいとしての距離感に(^^)

決して縁を切る、とか捨てた、とかそんな距離のとり方ではなくて…ね

そしたら、すこーし、また視界が広くなってゆとりができた分、取り組めることが増えたりしました。

すてーぃほーむ

だから、なんだかアルバムが目にとまって、開けてみましたよ。


ほんといつもユイがひっついてる。笑

親に言われて面倒見てたこともあったけど、見るのが当たり前になって自分の責任感にも変わってました。


ユイが小さくて軽くて、ユイ自身も身軽な時。訓練を重ねて、身体機能は上向き↗


1人でおすわりができたり

支えて、まっすぐ立てたり

足を上げて1歩前に進んだり

床をずって自分で進んだり…


出来ることはやる!

頑張れー!


って上向きなときは声援なんですよね。

私も姉として、どんどん1人で出来ることが増えることは嬉しかった(^^) 


でもね、この後ろに立ってるお母さんが、いなくなってごらんよー。

1番の理解者の母とゆう介助者の存在が突然消えてしまうとなるとユイは喪失感すごかったと思います。

なぜそう思うかって、その介助者とゆう責任は私に振りかかってきたから。一緒に大変だったから、少なからず気持ちが分かります。

介助する側、される側って立場は違うけど。難儀はすごかったー(꒪꒫꒪`*)ね

床に座る、とゆうこともしんどくなりました。

体重が増えて気づいた。

体の使い方が色んなところに不具合を生じさせていたんです

まだその時は体の使い方に気づかなかった…


キネクラネオ(キネステティク・クラシック・ネオ)知ってたらきっと違ってたー、、、(꒪꒫꒪`*)笑


膝が痛いから立てない。

巻爪が痛くて立てない。

支えても立てない。

だって痛いんだもん。

100%抱えるしかない。

ユイの協力は得られない。

私の負担100%。

お風呂もトイレもお出かけも。

腰痛悪化。人のせいにしたい。

出かけたくない。動きたくない。

なんでお母さん死んだ?は?

なんで兄弟みんな男なんだよー!!!

話しかけないでー(¯∇¯٥)

喋りたくなーい(¯∇¯٥)

ひとりにしてー(¯∇¯٥)

ってなるー。なったー。

も、早死するなって本気で思ってた。


原因は自分の体の使い方だし、キネクラネオで解決できることがあるから未来は明るいょー。ってゆってあげたいꉂꉂ(ˊᗜˋ)笑


お母さんなら愛情たっぷりやってあげてたかもしれない。でも、お母さんは自分の身体が無理してるのにも気づかないくらい一生懸命だった。子どもには笑顔振りまいてたけどしんどかったと思うー。私には真似出来ない。


ユイも私も頑張れないくらい痛いから出来ないんです。

出来てたことが出来なくなったように見えて、やれば出来るんだから頑張れー!って。じゃなきゃ、大変なんだから!!!って。必死。2人とも自分のことも、お互いのことも嫌いになる。


家族だから

きょうだいだから

やらなきゃいけない

でも、仕事じゃないから報酬なし

誰も褒めてくれないけど


頑張ってよー(^^)

お母さん悲しませないためにも兄妹で協力してねー(^^)


って周りに言われるんです…それがしんどいのってなんの、もう…泣けたー

も、お互いこんな感じ。

そっとしといてくれん?

でも、誰か助けてくれん?


って(¯∇¯٥)

介護しないときは

かわいーのよ

楽しいのよ


一緒に食べるし飲むし


そしたら…

出るもの出るから


ん?トイレ?、、、

あ、はいはい…きたきた

トイレですね。うん。聞こえてる

トイレね、はいはい。


えーーー( ิ- ิ )( ิ- ิ )( ิ- ิ )白目。笑


もう、今は思い出だから笑って話せるし、あの時があったからキネクラネオを駆使して不可能なことはないのかもって、可能に近づけることは出来るだけのツールを手に入れたって思える(*˘︶˘人)♡*。+

キネクラネオって

ちゃーんと良いものに出会えて

右だろうと

左だろうと


工夫して動くことが出来るようになったね(^^)


5年前より、10年前より、今より若いときより身体がよく動く。


ほんとに全介助だったのに嘘みたいに動けるから、脳性麻痺のフリしてたでしょ?ってゆっちゃう

母上

うらやましいだろ( ¯﹀¯ )♡

うちら難儀した分、楽をしりました( ᐛ )v

山谷ありあり人生のステージ。笑

土台となってくれてありがとう♪

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コメント: 6
  • #1

    サトミ ナカモト (月曜日, 04 5月 2020 12:30)

    姉としてのニナさんの気持ち、そして、母親代理としてのニナさんの気持ち、とてもよく
    言葉で伝わりました。

    そして、今、また
    自立してからの挑戦や

    お母さんへの想いも

    言葉にしてもらって
    その部分を共有できることに
    感謝します。

    周りの人は
    頑張れって言っちゃいけないよー!

    頑張れっていうかわりに、
    こうやったら
    頑張らなくて
    よくなるよー!
    って
    伝えて行きましょうね。

    お母さん、インチキー!って、言ってるはずだね。

    ニナさんの学習と能力に。

    ありがとうございました。

  • #2

    ニナ (月曜日, 04 5月 2020 12:56)

    ✾サトミ ナカモトさん
    ようやく整理が出来てきました。素直に受け入れられて、楽になっていいんだって(^^)母親代理してたけど、やっぱり愛情が違うなと思いました。だからきっと、母は私よりも一生懸命に自分を忘れていたと思います。「この子のためなら」ってゆってたもん。だから、どーか、自分の体をまず大切にしてほしいってゆう思いが強くなりました。

  • #3

    さあさん (月曜日, 04 5月 2020 13:17)

    うーん、本当に体験したことを語る人の言葉はおもいよね。
    わたしは重たい人をトイレに誘導することを、母がインフルエンザで脱力したときに体験しました。
    一時のものでしたが、たいへんでした。
    それをずーっと続けていたことがすごいです。
    この体験談は多くの人に役立つでしょう。
    ありがとうございます。

  • #4

    ニナ (月曜日, 04 5月 2020 13:35)

    ✾さあさん
    確かに、持ち上げて介護を続けているってすごく大変なことでした。私もすごいと思います。今やれって言われても無理。
    でも、普段やり慣れた動きじゃない手助けも大変ですよね。ユイと旅に出て気づきました。いつもの動きとは行かないのもやっぱり大変。いつもキネクラネオに救われます。
    最近看護の拠点を変えたことで、母の愛情とゆうものを、目の当たりにすることが増えました。私にはないものだな…と少し自信を失い掛けました。でも、やっぱり私の立場で見えてるものは伝えてみることはこれからも続けようと思いました。親心、子供の立場、兄妹の立場、少しだけ全部かじってますから(^^)あとは受け手におまかせすることにしました♡笑
    はぁー楽になった‼(⇑o⇑)

  • #5

    大城凌子 (木曜日, 07 5月 2020 08:02)

    ニナさん!
    コロナ禍に翻弄される中、ニナの言葉であたたかい気持ちになりました。
    優しい気持ちを思い起こさせてくれるメッセージ、ありがとうございました。

  • #6

    ニナ (木曜日, 07 5月 2020 09:18)

    ✾大城凌子さん
    コメントありがとうございます(^^)そういって頂けて嬉しく思います。私の立場で感じる事を率直に伝えていけたらいいのかなと思ってます。届く人に届いてもらえたら嬉しいです♡