島の人の気持ちにふれて…

こんにちは、姉のニナです。

伊平屋に帰省してました\(°∀°)/

のどかであったー…1枚目


故郷の島はやっぱり穏やかで、人もみーんなあたたかく、帰省すると皆が「おかえりー」と声をかけてくれます。小さな島だからこそのあたたかさだと感じます。

しかし私はそれに加えて、仲地家に声をかけてくれる島の人たちに特別感があります。声をかけてくれる島の人たちにとって妹の存在と、妹が島で過ごした時間が、すごく心に残っているんだと思います。


「ユイは元気ね〜?」

「ユイは今何してるー?」

「ユイは生活はどんなしてるのー?」


島の人はいつも、ユイのことを気にかけてくれています。その背景には、ユイを島で育てることを受け入れた島の人たちの苦労があったからだと思います。あんなに人の手が必要だったユイだから。


妹のユイは、仮死状態で生まれ、脳性麻痺と診断さました。小さな島では福祉が整っていない状態でした。しかし、「島で皆と一緒に、皆と同じように…」とゆう両親の強い思いで、障害児を受け入れる保育園も学校も、行政も、みんな初めての事だらけの中で、皆さんの協力の中ユイは島で家族や同級生と一緒に過ごすことができたんです。


「ユイのお世話をするのは重労働。介助にはいる支援員の先生は体力がないとできないよねぇ…」


ユイが床に座ってたら、持ち上げて車椅子に乗せるし。ユイが車椅子に乗ってたら、持ち上げて床にちゃんと着地できるまでゆーーーっくり降ろしてあげないといけないし。毎日の登下校もバスの段差は抱っこして登らなきゃならないし。給食も食べるし、歯磨きにも行くし、トイレにも行くし、遊びに行くのに移動が必要なら準備にも移動にも時間もかかるし、遊ぶのですら、、、私達が当たり前にやっている「日常生活の動作」が、ユイの支援員にとってはすべて介助が必要なことで、重労働でした。


でも、今回帰ったときに、島の人が声を震わせて話しました。


「悔しい。お母さんに今を見せてあげられないのがホントに悔しいさぁ。お母さんがいたらねえ…」


私は嬉しかったです。この言葉を聞けて。


皆と同じように島で育ち、島発ち(しまだち)をしたユイは、島の人から見てもちゃんと自立したんだなと…


今ならお母さんが亡くなったのに、意味付けをすることができます。ユイはお母さんが居なくても自分でできるようになりました。お母さんがいなくなったから強くなりました。前はお母さんが亡くなったことにくよくよしてたからね(^^)


でもでも、確に!

キネステティク・クラシック・ネオ版のユイの動きは見せてやりたいよね。笑

島の人にも見てもらいたいぐらい。

ユイはただ、手伝ってもらって生活してるのではなくて、動きが変わった事。それによって出来ることが増えた事。しかもそれを楽にしか出来ない事!


今回の帰省で、島の人たちへのありがとうと、これからの意欲にエネルギーチャージできました\(°∀°)/ありがとうございました‼